映画「パッション」を観て。自分の罪は自分で負う。悪人は 1人では何も出来ず、多数で中心者を責め立てる。

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「パッション」という映画を観ました。

初めから最後まで、涙が止まりませんでした。

大祭司や律法学者、裏切り者のユダ、イエスに予言されていた通り3度「私は知りません」と言ったペトロ、マリアとマグダラのマリア、過去回想シーン(イエスが足を洗うシーン、大工のイエス、最後の晩餐など)、サタンの変化、イエスの奇跡を目の当たりにした兵士、即座に裁かれた罪人、蛇(悪魔)の化身として現れる女

当時にかなり近い形で再現を試みたんだろうなぁと感じます。

イエス様は、皆のために肉を犠牲にしてくださりました。

申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

今の時代に、全ての罪を背負ってくださっているラプトさんに対しても、申し訳ない気持ちで心が痛くなりました。

自分の罪は、自分で清算しなければ。

一人一人がそうすれば、どれだけ中心者の荷が軽くなることか。

イエス様は、磔にされてもなお、「人々は何も知らないのです」と、おっしゃいました。

もう、どこまで愛なんでしょう。

書きながら、また、涙が出てきました。

ラプトさんが有料記事にて「中心者が十字架を背負う苦しみ」を伝えてくださっていますが、それがいまいちピンとこない方は、この映画を見たら良いと思いました。

悪の形相をした大祭司や律法学者は、現代にも全く同じようにいると見えます。

ほとんどの人が、そうなのかもしれないし、義人もユダのようになりかねないかもしれない。

自分が大事にしているもの・どうしても手離せないものを守るため、義人がキリストを迫害することにもなりかねない。

絶対、そうなってはいけないと思いました。

祭司やパリサイ人は、形式にばかり当てはめようとします。

はみ出る者や自分達の都合の悪いことになりそうな時、多数決を取って 1人の善人を責め立てます。

悪人は、自分一人では何もできません。

多数で中心者を責め立てます。

イエスキリストは、一人で立ち向かいました。

もがき苦しむ中、最後まで神様だけを信じて。

「私の王国は、地上にはない」と言ったイエス様。

一人でも立ち向かえる人に、私もなりたいです。

勇気と知恵を神様に授かりながら。

皆様に、神様の祝福がありますように。


神様から直接啓示を受けているのは、この世でたった一人の中心者RAPTさんのみです。

2016年秋の有料記事から、時代の中心者RAPTさんを通して 次元の高い神様の御言葉を 直接聞けます。

畏れ多くもありがたい、貴重な御言葉です。

サタンが獄に入れられる最後の成約時代だからこそ、神様は中心者を通して御言葉を伝えてくださっています。

この世のどんなことより御言葉を聞くことを優先せずして、何を得られようか、と真に思います。

どうか一人でも多くの方に読んでいただけますように。

有料記事は、こちらです。

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