悪魔崇拝の妙見信仰。墓も偶像崇拝。

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先週末は、ある一家族と2日間過ごしました。

その一家とずっと過ごしていると どんどん疲れてきて、2日目の最後には、もううんざりしてしまいました。

この一家は、妙見宗 九曜を信仰し、七面山の龍神を拝んでいるようです。

能勢 妙見口駅にある “関西身延 真如寺

写真集

七面天女

彼らは毎年、山梨県の身延山に登って、滝行などの修行をしているみたいです。

日蓮宗総本山 身延山

この間は、鳥取県の山に登ってくると言っていたので、関連の山に登っていたと思われます。

解脱教寺

(鬼子母神の写真、怖すぎです)

ラプトブログでは、妙見信仰に関する記事が書かれていましたね。


◾️ 空海も最澄も日蓮聖人も出口王仁三郎も深見東州も池田大作も同じ悪魔「サナト・クマーラ」を崇める妙見信仰者でした。

「大和朝廷」が開かれるまでの間、日本には「白山信仰」が広く根付いていたことが分かりました。
で、この白山信仰とは「妙見信仰」のことで、「妙味信仰」とは、北極星(または北斗七星)を崇める信仰です。
で、この「サナト・クマーラ」を日本に広めたのが空海であり、日蓮聖人(最上の画像)であり、出口王仁三郎であり、池田大作であるともお話しました。
ですから、彼らはみんな「出雲族」である可能性が高いわけですが、驚くべきことに、彼らはみんな「妙見信仰」なのです!!
----------------(以下、こちらより転載)
妙見信仰を最初に流行らせたのは修験道の役小角だという。当時の北辰祭は、796年に風紀の乱れを理由に禁止された。
(註: 役小角とは飛鳥から奈良時代に実在した呪術師です。詳しくはこちら
つづいて806年に唐から帰国した空海が、真言密教の仏に妙見大菩薩を迎えいれる。
密教と修験道のむすびつきにより、妙見信仰は日本独自の色を重ねつつひろまっていく。
空海は高知県の室戸岬での修行中に、「あけの明星」が口にとびこむ体験をしている。四国の星信仰は、讃岐からひろがった真言系じゃないかと思う。
おなじ星体験をしたのが日蓮で、天から明星のような大星がおりてきて梅の木にかかったという。
彼は北辰妙見菩薩の示現をうけ、法華経護持の誓いを得ている。
この「星」と「梅」のとりあわせは、千葉神社の摂社・千葉天神(1182年創祀)を思い出させる。千葉妙見宮(千葉神社)と日蓮は、ゆかりが深い。
----------------(転載ここまで)
はい。これで空海と日蓮が「妙見信仰」であることが分かりましたね。(ちなみに空海が悪魔崇拝者であるという証拠はこちら
しかも、「明けの明星」が空海の口に飛び込んだとか、梅の木にかかったとか書かれてありますが、「聖書」ではルシファーのことを「明けの明星」と表現されています。
「黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。」(イザヤ書14章12節)
ということは、やはリ「サナト・クマーラ」は本当にルシファーなのでしょうか。
それとも、単に妙見信仰をしている人たちが「サナト・クマーラ」のことをルシファー(悪魔のトップ)だと思いたくて、勝手にこんな逸話を作っただけなのでしょうか。

◼️RAPT×読者対談 〈第107弾〉SFと北斗七星と蛇と水銀。

イルミナティの連中の多くが「北斗七星」を神として崇める「妙見信仰」を信じている
妙見(ミョウケン)信仰とは、一般には仏教でいう北辰妙見菩薩(ホクシンミョウケンボサツ)に対する信仰をいうが、その原姿は、道教における星辰信仰、特に北極星・北斗七星に対する信仰である。
北斗七星は、おおぐま座の腰から尻尾を構成する7つの明るい恒星で象られる星列のこと。
新潟県旗 = GEのロゴマーク = ウルトラマンレオのレオサイン = 獅子座 = トレミーの48星座 = おおぐま座 = 北斗七星 = 妙見信仰

◾️ 関西に描かれた巨大な「六芒星」と「逆五芒星」の意味または「かごめかごめ」の意味。

そういえば、”奈良県の吉野では、山に北斗七星を光らせて 悪魔を祀っている”と聞いたことを思い出しました。

空海・真言宗・高野山・役小角・山伏・密教・妙見信仰…

関西地方は、かなり波長が悪いですね。


一家と話をしていると、その話題の中心が 妙見信仰に基づいています。

いやでも、悪魔を感じます。

一家の主人は 毎年山に登り、しょっちゅうお寺に訪れ、悪魔を拝む毎に、人間サタンとして成長している感じがします。

サタンの特徴として、「頑固さと圧」のようなものを いつも感じます。

先週末出かけた2日目は、墓参りに行かなければならなかったのですが、もう地獄のようでした。

1日目とは、天と地の違いです。

神様とサタンの違いとも言えるかもしれません。

・墓を代々守って行かなければならない

・遠い田舎にある墓を移動させた方が、しょっちゅう墓参りに来れる

・入れる墓は決まっていて、どれだけ血の繋がった親と同じ墓に入りたくても 許されない

・厄年の年は、家や車などの大きな買い物をすれば、厄が落ちる

・◯◯家の名前を代々 存続させる為には、養子を迎えたり、夫婦別姓を許可してくれる男性と 娘の一人を結婚させてでも、守っていかなければならない

(その一家は、男児に恵まれなかったため)

彼らは、墓参りの道中、ずっとこのような話をしてきました。

これまで、ラプトブログを読んできた私としては、本当にどうでも良いくだらない内容ばかりで、閉口してしまいました。

「未来では、墓もなくなっているかもしれないよ。海が好きだった人は、海に散骨したりもいいかもね。」

と言ってみたら、「何言ってるんだこいつは。」という白けた目で見られて終了、でした。

彼らは、代々信仰が根付いているので、これが当たり前だし、世間一般では普通のことで、ちゃんとしておかなければいけないと 頑なに信じています。

日本人の大半が、きっとこうなのでしょうね。

サタンは、形式的なことばかりにこだわらせて、神様から遠ざけようとしているのでしょうか。

悪魔崇拝者は、形式的な事を怠ると、神様(本当はサタン)から祟られると本気で信じているからこそ、頑なにならざるを得ないというのもあると思います。

墓参りも、偶像崇拝の一種だと思いました。

ただの石ですから。

火葬した後の骨をどうするか、個人の生前の気持ちを尊重すれば良いのではないでしょうか。

厄年にこだわるなんんて、それこそ寺や神社のビジネスに貢献し、形式に振り回される典型だと思います。

夫婦別姓までして、名前を守るというのも、理解不能です。

悪魔の世界では、結婚して子供を産み、その子供はまた子供をできるだけたくさん産んで 信仰を絶やさないというのを重視しているみたいです。

神様の世界でも 神様から愛される 清く罪のない血族が大事にされますが、「サタンの世界と違って ただ闇雲に 数が増えれば良いということではなく、善悪がハッキリ明確で 限りなく清い血のみが残る」と感じます。

サタン側の場合は、現実に沿わない古いやり方でも どんな手段を使っても無理矢理にでも 悪の血を脈々と繋げようとしている感じがします。

ここでもやはり、個人を尊重せず、才能を殺し、形式的で頑固だなぁと感じます。

何百年、何千年と、悪魔は 人の弱みに付け込んで 自分を拝ませる血を絶やさないように 人間を操ってきたんだなぁと思いました。

ここ最近までは サタンのコントロールが上手くいっていましたが、もう終わります。

これからは、神様の時代です。(嬉しすぎて、涙が出そうです)

ラプトブログによって、長い期間 サタンがこの世を牛耳ってきた真実を知り、神様の道を知れたことは、この人生の中での一番の宝物です。

心の中で大きき光り輝く、神様がくだっさった宝です。

お導きくださったラプトさんに、改めまして心から感謝します。

そして、これからは神様が栄える世界になるよう、一人でも多くの人が真実を知って目覚めるよう、心からお祈りいたします。

皆様に、神様の祝福がありますように。


神様から直接啓示を受けているのは、この世でたった一人の中心者RAPTさんのみです。

2016年秋の有料記事から、時代の中心者RAPTさんを通して 次元の高い神様の御言葉を 直接聞けます。

畏れ多くもありがたい、貴重な御言葉です。

サタンが獄に入れられる最後の成約時代だからこそ、神様は中心者を通して御言葉を伝えてくださっています。

この世のどんなことより御言葉を聞くことを優先せずして、何を得られようか、と真に思います。

どうか一人でも多くの方に読んでいただけますように。

有料記事は、こちらです。

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